子供の頃のターターはいくつかの面で、他の兄や姉によく似ていた。
69年、ターターが10歳になったある日のことだった。
とっても愛嬌があるところ、失敗するとすぐクヨクヨするところ、だけど上手くいくとすぐ調子に乗るところ、その時の気分によって天使みたいに優しくなったり悪魔みたいに意地悪くなったりするところ、その他諸々。
けれど一つだけ、家族の誰にも似ていないところがあった。
それは、歌がとんでもなく上手いことだった。
幼いターターの歌声は、まるで採れたてのハチミツのようにみずみずしく、なめらかだった。
しかも彼は誰からも教わっていないのに(いや、あるいは、一日じゅうラジオから流れてくるソウルやブルースやゴスペルにみっちりと教えを受けていたのか)、息をしたり寝たり起きたり歩いたり走ったり食べたりトイレに行ったりするくらいの当たり前さで、オリジナルの歌を作ることが出来た。
心の中で今の気分や見ている景色を言葉にするだけで、それに勝手にメロディがついてきて、立派な曲になってしまうのだった。
だからターターはいつも、誰もまだ聴いたことのない歌ばかりを、鼻歌で口ずさんでいた。
でも家族たちはラジオから流れてくるヒットソングを聴いたり歌ったりすることに夢中で、彼の才能にはまだ誰も気づいていなかった。
昼下がり、何番目かの兄であるピーボ(Peabo)が泥棒の罪をつぐなって刑務所から出所してきた。
それはもう何度目かのことで兄姉は慣れっこになっていて、特に誰も彼にねぎらいの言葉を掛けたりはしなかった。
でも末っ子のターターは久しぶりの再会がとても嬉しかったので、ピーボに向かって即興で「お帰りなさい」(Welcome Home,Bro)という歌を歌いだした。というか、自然にメロディと言葉が口から出てきた。
彼は、すぐに決断して兄弟姉妹に高らかに宣言した。
「ジェイルでスタジオ関係者のコネが出来たんだ。すぐにこの歌を俺らで録音しよう。グループ名はパルミエリ23だ。この歌なら、必ず儲けられるぜ」
そして彼はターターをジッと見下ろし、おだやかに言った。
「あと、この歌は俺が作詞作曲したってことにしろ」
ターターは、うなずくしかなかった。彼に歌の才能があるように、ピーボには泥棒の才能があった(あるいは、しかなかった)。
兄は、欲しいものはどんなものでも絶対に盗んでしまうのだった。
子供の頃の若桑井に関するエピソードは、特にこれといって何もなかった。
身長も体重も勉強も運動もその他諸々も、まあ、中くらいだった。
音楽も特別好きというわけではなく、日本でも既にポップスターとして有名だったターターの存在は何となく知ってはいたが、まだ、どうとも思っていなかった。
89年、若桑井が小学四年生のある日のことだった。
クラスメイトに野々井(ののい)さんという女子がいて、彼女には不思議な癖があった。
野々井さんは、目に映るあらゆる事物を何でも、順位づけせずにはいられない人なのだった。
例えば給食のメニューの美味しい/美味しくない順ランキングとか、クラスの忘れ物多い人ランキングとか、担任の先生の口癖ベストテン(一位は、騒がしい生徒たちを軽めに恫喝する際に用いられる、低音の「うら~」)とか。
そしてその日野々井さんは、まだ子供とはいえ、なかなか微妙な領域に踏みこんだ査定を級友たちに向かって発表し始めたのだった。
それは、クラスの女子の可愛い順ランキングだった。
特に野々井さんと仲がいいわけでもない若桑井は、少し離れた席からそれを聞くともなしに、でも一応何となく、聞いていた。
結果、若桑井の順位は女子20人中の、12位であった。
それを聞いた若桑井は、このような感想を持った。
非常に、的確である。自分でもまあそのあたりかな、と思っていた。
このあと野々井さんは女子たちから激しく糾弾され、ランキング癖を封印せざるを得なくなった。糾弾の中心にいたのは、ランキング1~3位を獲得した女子たちだった。
だがこの経験をきっかけに野々井さんは心の中で、常に女性を顔面で順位づけすることを逆にやめられなくなってしまった。そして、自らも上位であらねばと考えるようになっていった。それは大人になっても治らず、結果的に野々井さんは驚愕すべき凄惨な(あるいは別の方向から眺めると、ビザールでファンタスティックだとも言える)人生を送ることになってしまうのだが、この物語には関係ないので、ここではそれには触れない。