ピーボのお膳立てによって、兄弟グループ、パルミエリ23の初めてのレコーディングが行われることになった。
 だが録音当日、約束の時間通りスタジオを訪れたのは、ターターを含めて5人だけだった。
 他の者たちは、ただ単に忘れていたり、寝坊をしたり、緊張してお腹が痛くなったり、方向音痴で別の場所に行ってしまったり、来る途中でナンパに成功したのでそっちを取ったりして、ここまでたどり着けなかったのだった。
 そしてピーボもスタジオの入り口にまでは来ていたのだが、ついそこでキーが付いたままのキャデラックを見掛けてしまい、そうなるとどうしても盗まずにはいられなくなり、そこへちょうど警官が通り掛かりあえなく現行犯逮捕され、刑務所に逆戻りとなってしまったのだった。

 ターターの他にスタジオ入りしたのは、四つ子のルー(Lou)A、ルーB、ルーC、ルーDだった(AとDが兄、BとCが姉)。彼らもターター同様、父母がもう子供の名前を考えるのにうんざりしていた頃に生まれた、兄姉たちだった。

 5人だけとはいえ歌の作者でありリードヴォーカルのターターがいるのだから、レコーディングには何の支障もなかった。
 ブースのマイクの前に立ちターターは生まれて初めて静寂の中で、自作の歌を始めから終わりまで、歌いきった。
 いつもの鼻歌は、狭い家で大勢の家族たちがワキャワキャやっている中で歌っていたので、ターター自身、自分の声をこんなにクリアに聴くのは、初めてのことだった。
 僕の歌がレコードになって、たくさんの人たちが聴いてくれるんだ。
 そう思うとターターは嬉しくて嬉しくて、天にも昇るような心地になった。
 そして歌の締めくくりである「ウェルカム・ホーム」の最後の「ム~~~」をのびやかに歌い上げながら、ターターは本当に宙に浮かび上がり、スタジオのヤニだらけの天井に頭をゴチンとぶつけた。
 後に「リアル・ゼログラビティ」と称されることになる、ライブなどでターターが絶好調の瞬間にのみ発動されるこの現象の、初めてのあらわれだった。


 5人はターター&ルーズ(ルーたちはコーラスとダンス担当)としてデビューし、「お帰りなさい」(邦題)は時節柄ベトナム帰還兵を幼い家族がいたわる歌っぽいと勘違いされ、大ヒットを記録した。
  


 93年、中学二年生の若桑井は、両親と共にちょっとした家族旅行で山形を訪れた。
 そういうのが非常にうざったくなってきた年頃ではあったが、拒否するのも面倒くさいので何となくつき合ってやった、という心持ちだった。

 ところがその行程で一家はたまたま開催されていた「サクランボの種飛ばし大会」に出くわし、あれやこれやあって、なぜだか若桑井も選手として出場することになってしまった。
 もともと人前に立つことが好きではない彼女は当然不本意だったが、名前が高らかにアナウンスされてしまうと、今度は断るのが申しわけなくなってしまい、一応出るだけ出て、適当にやり過ごして切り抜けることにした。
 だが、その力の抜け加減が功を奏してしまったのだろう。
 若桑井が口からプッと飛ばした種は遥か彼方まで飛翔し、過去最高の記録を叩き出し、ぶっちぎりで優勝してしまったのだった。
そんなに多くもない見物客たちはこの日最大の歓声を上げ、両親も今まで見たことがないくらい、嬉しそうに笑っていた。母は笑いながら、ちょっとだけ涙ぐんでいた。
 若桑井は、心の底から思った。
 恥ずかし過ぎる。穴があったら入りたい。
 そしてその瞬間、佇んでいる若桑井の両足を中心とした半径二メートルほどの地べたが本当に数センチ陥没した気がしたが、多分、気のせいだった。


 優勝商品としてさくらんぼ狩りの10年間フリーパスが進呈され、その勇姿は山形ローカルの夕方のニュースで放映されたが、若桑井はこのことを級友の誰にも告げず、家族旅行につき合うのもこれが最後となった。

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及川章太郎

おいかわしょうたろう 宮城県生まれ。脚本家、作家。主な作品に映画「東京ゴミ女」(00)、「せかいのおわり」(05)、ドラマ「I LOVE YOU」(13)、絵本「ボタ福」、小説「ハリ系」他多数。仙台市在住。

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伊津野果地 KAJI IZUNO

いづのかじ イラストレーター、アーティスト。立体・平面作品の制作の傍、書籍、主に児童書の挿画を手がける。長野県安曇野市在住。


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