残念ながらターターとパトリシアの関係は、長続きしなかった。
 10代にしてポップスターとなったターターのもとには、毎日のようにたくさんの女性たちがまるでイナゴの襲来か大津波かという勢いで、大量に押し寄せてきていた。
 その多くはまさにイナゴそのものか、その他の昆虫のような者ばかりだったが、ターターはどうしても時々、その大群の中にパットよりも可愛らしくて優しくて頭が良くて、誰よりも彼のことを理解してくれる、ような気がする、人々を見出さずにはいられなかった。
 そういうわけでターターはパットと別れ、自分でも数えきれないくらいの女性や男性やそのどちらともつかない恋人たちとの、出会いと別れを繰り返すことになっていった。

 グループの関係者や世間は、ターターは早晩ルーたちの首を切ってソロシンガーとして活動を開始するのだろう、と思い込んでいた。
 ルーたちは音楽面での貢献はこれっぽっちもしていないのに、成功の恩恵にはターター以上にがめつくがっつき、スター気取りでいくつもの問題行動を起こしていたからだ。
 彼らは暴飲暴食で合計300キロほど太ったり、変なクスリに耽ってまた痩せたり、サインを求めてきた小さな子供を蹴飛ばしたり(一人1回、計4回)、ツアー先のホテルではしゃいでフロアを丸ごと全焼させたりを繰り返していた。


 だが意外なことにターターは、決してグループを解散させなかった。
 たとえ気が合わないとしても、ずっと一緒にいてくれる誰かが、彼には必要だったのだ。
 どうしても恋人がクルクル変わってしまう以上、その誰かはルーたちしかいなかった。
 少なくともデビューしてからしばらくの間は、ターターはルーたちと声を合わせて歌うことが、本当に幸福だった。それが、忘れられなかった。
 今はたまたまそうじゃないけれど、またきっと5人であんな気持ちになれるはず、とターターは信じていた。

 だから突然ルーたちの方からターターに三行半を突きつけてきた時には、彼はショックのあまり昏倒し、意識を取り戻したのは22時間後のことだった。
 ルーたちはターター抜きで別のレーベルから、A&B&C&Dとして再デビューを果たした。
 もう、「ターターとその他」という扱いを受けるのはうんざりだ。「ルーたち」って一からげにされるのもうんざりだ。
 俺たちあたしたちは、AとBとCとDだ。
 そんな、ターターには決して理解出来ない痛みを、彼らは彼らでずっと抱いていたのだった。

 とは言えターターは、激しく傷ついた。
 一人ぼっちになっちゃった。
 意識を取り戻してから4日間と半日、ターターは赤ん坊のように大声を上げて泣き続けた。
 そして4日と半日後、涙が枯れ果てるのと同時にとてつもない怒りがこみ上げてきた。
 あいつら、「その他」のくせに僕を見捨てるなんて、絶対に許せない。
 その時の恋人がたまたまマフィアの幹部の娘だったので、ターターは彼女に殺し屋を紹介して貰い、そいつに現金で32万ドル(一人につき8万ドルが相場であると、ふっかけられたのだった)を渡してルーたちの暗殺を依頼した。
 でも去っていく暗殺者の背中を見送るうちに急に後悔の念が押し寄せてきて、ターターはまた赤ん坊のように泣き出した。
 いくら何でも、殺すなんてひど過ぎる。僕は、何てことをしてしまったんだ。


 ところが幸運なことにと言うべきか、その殺し屋はプロフェッショナルの風上にも置けないインチキ野郎だったので、現ナマを抱えて仕事もせずにそのままどこかへ雲隠れしてしまったのだった。
 ターターは腰が抜けるほどホッとして、ルーたちの今後の成功を心から祈った。

 傷ついたり怒ったり後悔したりホッとしたりとハートをフル回転させまくったおかげか、ターターの胸の内は、生まれ変わったように澄みきっていた。
 そして、これからソロシンガーとして歌っていくであろう様々な音楽が泉のように湧き上がってきて、止まらなかった。

 A&B&C&Dは大方の予想通りちっとも売れず、あっという間に姿を消した。
 現在ルーたちはプエルトリコのサンフアンで、四人で小さなカラオケ&スシバーを経営して穏やかに暮らしている。


 残念ながら若桑井と寺之馬君の関係も、長続きはしなかった。
 彼が望んでいた「大人っぽい不良っぽい」こととは、夕暮れ移動居酒屋のようなものとは全然違ったのか、次の夏を迎える前に寺之馬君は若桑井の元を去っていった。
 失恋した若桑井は一日だけ自室にこもり、「む~~~」と小さな声を漏らしながら、ひっそりと涙と鼻水を垂れ流し続けた。
そして念のため家族に泣き声を悟られないように、CDラジカセで普段はあまり聴かないFM放送に音量大きめでチューニングを合わせた。
 その時流れていたのが、ターターの代表曲の一つである、「Me&Only,Only,Only You」(邦題「僕と他の誰でもないあなた」)であった。
「他の誰かは、君の前からどこかへ行ってしまうだろう。でも僕だけは、君だけと、君だけと、君だけと、ずっとずっと一緒にいるよ」(邦訳)
 優しく語りかけるターターのスムーズな歌声が、まるで焼きたてのトーストにハチミツを塗るように、若桑井の心にじんわりとしみ込んでいった。
 ゆったりとしたリズムに合わせて、左の鼻の穴から20センチほどぶら下がった鼻水がゆらゆらと揺れ、キラキラと光っていた。


 この日から若桑井にとって、ターターの歌は他の何よりも大切なものとなった。

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及川章太郎

おいかわしょうたろう 宮城県生まれ。脚本家、作家。主な作品に映画「東京ゴミ女」(00)、「せかいのおわり」(05)、ドラマ「I LOVE YOU」(13)、絵本「ボタ福」、小説「ハリ系」他多数。仙台市在住。

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伊津野果地 KAJI IZUNO

いづのかじ イラストレーター、アーティスト。立体・平面作品の制作の傍、書籍、主に児童書の挿画を手がける。長野県安曇野市在住。


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